絵日記と作文から見えてくる小学校の宿題の大問題

四方山話・コラム

常々、私は小学校(これは特定の先生とか学校を指す言葉ではなく、小学校教育そのものを指しています)教育の大問題として、「練習せずにテストをする」スタンスを批判しています。
 
中学校では「税の作文を書いてこい」という宿題が定番ですが、評論文の書き方を指導する社会の先生は皆無です。
論理的文章の基本であるはずの数学証明問題でも、三角ロジックという論理構造については指導がされません。


今、うちの息子は小学校一年生なのですが、宿題で「絵日記」が出ています。
でも、とても残念なことに絵日記の書き方を、小学校では教わっていないようです。
 
スポーツであれば、練習しないで試合に挑むとかありえないんですよ。

作文にせよ、音読にせよ、何の宿題にせよ、ちゃんとやり方を指導していないのに、宿題として出されるものが多すぎるのではないかと感じます。

音読が苦手な子への指導のことは、先日、ブログで書いたばかりですが、こういうことも学校では絶対に指導されません。
その1
その2

先生がやり方を指導しないということは、その成果(結果)は家庭に丸投げされているってこと。
 
ということは、親が教育熱心で丁寧に宿題を見てやれる家庭と、例えば共働きでそれどころじゃない家庭とで、学習の成果が大きく変わってくる可能性があるということです。
 
別にプライベートの時間を削って宿題の添削しろとか言いませんが、宿題を出すことへの責任は果たしてもらいたいものですよね。(-_-;
 
かく言う我が家も、長男(現在中2)が小1の時は、ことのばで絵日記&作文指導などやっていましたので、お兄ちゃんの作文力はちゃんと育ちましたが、今は私自身が自分のことで精一杯で、長男の時のようなきめ細やかな指導が出来ていません。
(こうやって長子と第二子の格差が生まれていくのでしょうね…)
 
 
そもそも宿題を出すことも、その添削をすることも、学校の先生の職務の範囲外とされています。(法的に宿題に関する規定は一切ありません。)
ただ、先生たちも伝統的に「効果があるかどうか、ではなく、単にやらせるべきと思われているからやらせている」という、実態のない空気への忖度から宿題を出しているに過ぎないわけです。
 
学校の先生方は、こういう研究について、どういう見解を持っているのか、気になりますよね。

ざっくり意訳しますと、宿題に関する研究の権威であるクーパー氏の調査によれば、小学生への宿題は教育的な効果はほとんど見られず、むしろ宿題をやめさせるべきであり、それよりも睡眠をたっぷりとったり、親子でコミュニケーションを取ったりした方がいいよねって話。

今回の結論

今回のこの記事は、息子の夏休みの宿題を見て、単に愚痴を書きたかっただけですが…(汗)
 
しかし、学校の先生方はもう少し、「宿題を出す意味」とか「宿題を出す責任」そして、「宿題を出す効果」をちゃんと考えて欲しいものです。それを考えずに「形だけ教育しているふり」というのが、今の学校教育の大問題だと思うのです。
 
で、そういう現状があるわけなので、親としては、夏休み中、たっぷりと出されている宿題について「この宿題をさせる意味」というものを考えて、支援したいものです。学校の先生たちは特に宿題の価値とか効果とか分からずに、適当に出しているだけですので。
そうしないと、先生が成果を見ておらず、その効果に責任を持っていない現状では、家庭でのスタンスが、そのまま学力の格差になりかねません。
 
結局、単に宿題をさせるだけでは、学習としての効果は低そうだ、という話ですので、親子のコミュニケーションの一環として上手にこなしていくのが次善の策ということになるでしょうか。間違っても「宿題しなさい!」的な説教で、親子関係をぎくしゃくさせたり、子どもを勉強嫌いに導いたりしないように注意したいものですね。(^^;

追伸

考えたら、前にも似たような記事を書いてました…


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