シャープのしゃべる「ヘルシオ」は、子ども達のどんな未来を映し出すのか?

ここ半年、話題を振りまきっぱなしのシャープさんが、しゃべる電子レンジなるものを出してきました。

[blogcard url=”http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ06HS1_W6A700C1TI5000/”]

例えば「今晩何を作ろう」と話しかけると「きょうは暑くなるみたい。スタミナのつくスペアリブはどうですか」などと提案する。使い続けることでAIが学習し、家庭の好みにあった献立を提案できる。
(同ニュース記事より)

だそうですよ・・・(^_^;
 
AI機能を搭載したクックパッドが出れば、それでこの電子レンジの寿命が終わりそうな、そんな嫌な予感しかしない新製品。
目の付け所が全然シャープじゃないように感じるのですが、シャープさん、大丈夫でしょうか?
 
 
しかし、こういうどうでもいいところまでAIをうたう製品が出てくるのを見ると、やはり子ども達の未来の激変っぷりを思わざるを得ません。
 
家庭で「あー、考えないで家事ができるって楽だわ♪」とか、「材料だけ放り込めば料理が出来てしまうなんて♪」とか、喜んでいる場合じゃないんですよ。
 
ちょっと想像力を働かせてみれば分かります。
 
仕事の現場でも同じことが起こるわけですよ?
 
考えないで作業だけでできてしまう仕事、「あとは機械がやってくれる」的な下働きのような仕事・・・。
 
ものづくりの機械化、自動化(OA化)は、作業する人が楽になったり、熟練が不要になって、よりレベルの高い作業を多くの人がこなせるようになったり、そんな「仕事が広がる」ものでした。(もちろん、その中にも様々な矛盾や疎外があったことは間違いありませんけど。)
 
でも、現代のICT、AIはそうなりません。産業のソフトウェア化にAI・ICTが乗っかれば、一人の優秀な頭脳とその拡張装置たるPC,Aiと、それを支える単純作業だけで仕事が成立してしまいます。
 
だから、完全にそれを使いこなして仕事を生み出すクリエイターだけが求められるんです。他に必要なのは、ちょっと極端に言えば消費者だけ。でも、その消費者はAIに仕事を奪われて職がないかも? お金がないから時間をじゃぶじゃぶ使ってスマホでゲーム三昧?
 
歴史で習った「パンとサーカス」の世界が・・・?
 
日本と海外とのボーダーレス化で、安い賃金で高いクオリティの仕事をこなす第3世界と戦うはめになり、人間とAIのボーダーレス化で完全に仕事を奪われる領域が出てくる・・・。今、そこそこの頭脳労働をしている人でも、そこがAIに置き換えられる、そんな時代が目の前に見えてきているんです。
 
しゃべるヘルシオを使う食卓の向こう側に、そんなもの悲しい、シビアな未来が映し出されて見えてきませんか?
 
 
いいとか悪いとかじゃなく、リアルな近未来として迫ってくるわけで、それにどう対処するかという判断しかありません。
 
そんな時代に生きる僕ら大人が、子どもの教育、その先にある未来を考える時に、絶対に忘れてはならないこと。
それは、人間にしか、この子にしか実現できないことって何だろう?そんな視点を持ち続けることですよね。
 
そして、そのために今、この子たちに何を授けていったらいいんだろう、そんな発想で教育や躾のことを考えること。
  
一つ言えることは、誰かが用意したとおりにプレイをして遊ぶだけのゲームとか、誰かが用意したテスト問題を解いて正解かどうかだけを確認するような勉強をやっていてはだめだってことですね。
 
じゃあ、どうしたらいいんだろう、子ども時代に何をさせたらいいんだろう、そう考えたいところですね。

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フォーカス・リーディング主宰者

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