成績を上げたいなら、その最悪なノートのとり方をやめてみよう!

学習法・学習指導

聴いたことありませんか?

「ノートがきれいな子は、成績がよくない」

って話。

生徒さん
えっ? でも、ちょっと前、「東大合格生のノートはかならず美しい」って本もバカ売れしてましたよね…?

寺田
確かにねぇ。でも、あの本は「美しい」ってしてるけど、本当は美しさは関係なくって、ポイントは別のところにあるんですよ。

 
実はこの本、うちの教室にも置いてあります。

成績がいい人のノートは美しいのか?

ぜんっぜん「美しい」とは限りません。
むしろ、教師をしてきた経験でいえば、美しさと成績はまったく相関性がないか、むしろ美しさと成績は若干の逆相関があるか…という印象です。
 
あくまで偏見に過ぎませんが、「美しく」を意識する子は、内容よりも「デコる」ことを重視し、理解に興味がないという場合も多かったように思います。(あと、ノート作りに時間をかけすぎて、肝心の演習に時間をかけられてない?)
 
まぁ、東大合格生のノートが美しいなんてのは単なるギャグというか、書籍を「売る」ためのコンセプトに過ぎません。
 
ですが、「美しい」というのは置いとくとしても、東大合格生に限らず、「賢い人」のノートにはある共通する特徴があることは間違いありません。

「賢い」というのは、単に頭がいいだけでなく、ものの見方、考え方などが独特で、意見が鋭くユニーク…というようなニュアンスの表現です。

新しい時代に必要な学力が高まるノートとは?

ノートが学力に結びつくために必要なこと。
これをヒトコトで言えば・・・
 

アクティブ・ラーニング《Active Learning》

 
まさにこれです。
 
そう。今、ちょっと流行のあれ。
 
でも、別に生徒に調査させたり、グループワークさせたり…そんな形式的な話ではありません。というより、そういう活動をしていたとしても、学び方、学ぶ姿勢、それを生み出す授業のあり方が従来と変わりなければ、形式的にはアクティブ・ラーニングでありながら、結局、何の役にも立たない暇つぶしの授業と、なんとなくアクティブに学んでいる雰囲気だけが生み出されることになります。

アクティブ・ラーニング的ノートとは?

アクティブ・ラーニングにおいて重要なことは

  • 自分の問題意識と興味から課題を発見すること
  • 自分の頭で考えること
  • 考えたことを自分の言葉で書くこと
  • 学習内容を自分なりに整理すること

さらには、

  • 時間をおいて学習内容を整理し、まとめたり、要約したり、疑問点を抽出したりすること

 
そんなことなんですよね。
そして、それを実現できるノートこそ、本当の意味でアクティブ・ラーニング的ノートであり、学力を育み、賢い人を作るノートなのです。

寺田
美しいか、美しくないかなんてことは、まったく本質的ではありません!

寺田少年(30年以上昔)のノート作り

実はこのことについては、教師時代から問題意識がありました。
というより、自分の学生時代のノートは、基本的に自分でかなり工夫して作っていたんですね。

  • 後で調べたことを書き足したり、
  • 自分が間違えやすいことを注意書きとしていれたり、
  • 先生が黒板に書いたものを写したノートを、別のノートに自己流に整理しなおしたり…

自分の勉強のために、自分で参考書を作るようなイメージでノート作りをしていました。
中学時代からこういうノート作りをしていましたが、高校時代、大学時代を通じて、私のノートはテスト前、かなりの人気でした。(大学の授業によっては、100人、200人にコピーが出回っていました。)

青年寺田先生(25年ほど前)の授業ノート

そういう「ノート観」がありましたので、教師時代は、

「自分なりに工夫してノートを作る」

ことを生徒さんたちにも提案していました。
そのために、たとえばこんなことも試していました。

倫理の授業では、こちらが用意したノート(4冊)を、4人の「日替わり当番」(輪番制)に渡し、授業の内容を、最大限、分かりやすく整理しながら書かせる。

そうすると、どうなるか?
 
それぞれが工夫をしますよね?
そして、自分がノート当番になったとき、他の人のノートを見ることができますよね?
 
それで、どんどんノートのレベルというか質が上がっていくわけです。
 
 
高校教師を辞める直前(香住丘高校勤務時代)は、

50分の授業のうち、35分を授業として雑談的な授業をおこない、最後の15分で、教科書を参照しながら、その内容を整理させる。

ということをしていました。
 
授業は教科書の内容を踏まえつつも、雑談なのか授業なのかが分からないレベルのトークと、生徒との問答で進めます。

生徒さん
えっ? 今の話は雑談かと思ったら授業だったんですか?

というような驚きが多かったようです。

4月から授業が始まり、1ヶ月ほど経過した5月のゴールデンウィーク明け頃に「先生!いつになったら授業をするんですか?」って質問してきた生徒がいたのは、いい思い出です。

 
黒板は当然、整理して書いていませんし、まったくもって教科書に沿った内容ではありません。
 
なので、生徒さんたちは、授業の内容を思い出しながら、必死で教科書の内容とリミックスしてノートに書いていきます。
それに授業の感想と、ノートまとめで難しいと感じたことなどを書かせて提出。毎回、そのノートをチェックしてフィードバックを返します。
 
 
 
ただ、こういうノート作りが、彼らの学力にどう結びついたかは不明です。対照実験もしていませんし。
 
ですが、私なりの問題意識がそこにあったわけです。

「黒板に書いたものを写す」ノートの価値?

上に書いたようなノート作りが、本当の意味で学習効果が上がるノート作りです。
逆に次のようなノートは、教育心理学その他の研究において、「学習効果なし(非常に低い)」とされています。

  • ただ教科書に書いてあることや、先生の書いた言葉を書き写すノート
  • 単語レベルで書き抜きされたノート
  • 教科書に出てきた順番に書き並べられたノート
  • 自分の意見や既有知識などが添えられていないノート

つまり、

「先生が黒板に書いたものを無心にノートに書き写す」という作業には、まったくもって学習効果がないのです。

生徒さん2
黒板ってスマホで撮影したらだめなの?

そういう発想になるのも無理はないよねって話です。

とある先生
いや、自分の手で書くことに意味があるのでは?

そう思った人は、自分の成績を振り返って冷静に考えてみてください。

  • 受動的に
  • 何の創意も工夫もなく
  • 目に入った情報を指で再現するだけ

 
そんな作業に学習効果があると思えますか? それで成績は上がりましたか?

大人のあなたのノートはどうだろう?

もしあなたが、読んだ本の内容やセミナーの内容をノートに整理しているとしたら、ちょっと考えてみてください。

講師が語った内容をそのまま、メモ書きレベルでしかメモしていないだろうか?

本に書かれている名言をブログに書き抜くだけで満足していないだろうか?

マインドマップなど、単語に分断された形でメモして「整理できた!」と満足していないだろうか?

もし心当たりがあるなら、ここからノートの作り方、メモのとり方を変えていきましょう。
 
ちなみに一つの考え方、目指すべき方向の模範として、Learning Scienceの世界でポピュラーなノート法がこちら。
ノートのポイントは、まさに上に列挙したとおりです。
 

自由学習はノート作りに挑戦させてみましょう!

本当は学校の授業で、先生の話を聞きながらメモをしたり、先生が黒板に書いたものを、授業の内容や前に学んだことなどを加味しながらオリジナリティあふれるものにできれば最高です。
 
ですが、学校というところはすごく不思議なところで、そういう創意工夫をすると減点する先生がいないとも限りません。(いないことを祈るばかりですが。)
 
ですので、ぜひ自由学習のノート作りで、それに挑戦させてみてください。
もし、お子さんが「めんどくさいー」などというようなら、こう言いましょう。

賢いママ
先生が黒板に書いたことを、バカ正直に写していたらバカになるわよ!

ぜひ、学校の先生にも、自分がやっている授業とか黒板写しの馬鹿らしさを直視していただきたいものです…。

「はい、ノートを写しなさい」とか、何の罰ゲームですかって話ですよ。(^^;

と言いながら、22歳当時、初めて高校・中学の教壇に立ったときはその馬鹿馬鹿しいことを生徒にさせていたわけで…。心から反省しております。

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