大学で反転授業が、少しずつ採用されてきているそうです。
日本の学生さんは、とにかく勉強しません。
勉強する子も塾・予備校に身を任せていて、「自分で考える」とか「自ら学ぶ」とか、そういう主体的、自主的な学習とは程遠い状態にあります。
反転授業が、そんな危機的状況に、有効な打開策となるのではないかと期待されているわけです。
そういえば、佐賀県武雄市でも「スマイル学習」という名の「反転学習」が採用されています。
そういう公教育の動きに対して、保護者としてどう考え、子どもにどう学ばせたらいいのでしょうか。
佐賀県武雄市のスマイル学習の現状
武雄市は、樋渡市長時代に「タブレット1人1台」を強行し、それと連携する形でスマイル学習がスタートしています。
スマイル学習という「学力アップの試み」のために「タブレット1人1台」が必要だったのか、「タブレット1人1台」を強行するための根拠としてスマイル学習が必要だったのか、そのあたり疑念も残りますが、それはともかくとして、2014年度から反転学習が実施され、今年、その中間報告が行われています。
まず、スマイル学習が始まるまでの流れはこんな感じ。
タブレットの利活用が始まったのは2014年5月。全小学校3年生以上の「算数」、4年生以上の「理科」でスマイル学習を開始した。スマイル学習とは、「子どもたちがタブレット端末を家庭に持ち帰り、動画を活用し予習をした上で授業に臨む。授業の中では『学びあい・教えあい』などの協働的な学習を中心とした学びを行う」というものだ。
── CNET Japan News 2015.06.10より
武雄式反転学習と呼ぶスマイル学習のスタイルと目的については、こう説明されています。
■スマイル学習のスタイル
■スマイル学習の目的
- 1.生徒・児童が、より意欲的(主体的)に授業に臨める。
※知識の習得は時間と場所を限定せずにマイペースで行う
※事前知識を持つことで、主体性を育む- 2.教員が、学習者の実態を正確に把握して、授業に臨める。
※「完全習得学習」を実践する- 3.授業では「共同的な問題解決能力」を育成する。
※授業では社会性やコミュニケーション力を育む、「高次能力学習」を実践する
この目的が、実際にスマイル学習で達成できるのかどうかはさておき、こういう理想を掲げてスタートしたわけです。
そして今年6月9日、第1次検証報告会で次のような成果報告がなされています。
- (スマイル学習未実施の国語と、実施中の算数の成績の変化を比較すると)算数で一定の成績向上が見られたことから、スマイル学習が成績向上に寄与した可能性がある
- (スマイル学習実施率とスマイル学習前後の正答率変化の相関関係を調査したところ)小学校毎のスマイル学習の実施率と成績変化の間に正の相関関係は見られなかった。
実際のところ、スマイル学習は全授業の20%程度しか実施されておらず、生徒へのアンケートも通常の授業とスマイル学習の授業とを区別しない形で実施されているため、本当に成果が上がったのかそうでないのかは分からないのが本当のところですね。(^^;
大学の授業での実践と成果
大学で反転学習が採用され始めたのは、「山梨大学工学部や島根大学などが独自に予習教材をつくり、授業で活用したのが先駆け」とのこと(2015.10.28日経)。
日経新聞の記事(2015.10.28)によると、その後、NTTdocomoグループの提供する大規模公開オンライン講座(MOOC)を活用する形で、授業のネット利用に弾みが付いてきたそうです。
このMOOCを活用した反転学習を東京大学で実践している山内祐平教授は「反転授業によって高度な思考力を伸ばせることがデータから裏付けられてきた(同紙)」と語っています。
単にMOOCで講義を視聴した学生に比べて、実際の授業に参加してMOOCで学んだことをベースに対面授業(小グループでのディベートを実施)に参加した学生の方が、歴史的思考力が有意に高まったのだそうです!
⇒それに関する論文
反転学習は夢の教育システムか?
現在の日本の学校教育は、一斉授業で基本的な知識を教授するだけで終わりがちです。
授業で、基本的な知識を教えて、その上に思考力を高めるワークまでさせようとすると、授業者(教師)の側に相当な準備と授業のプランニングが求められます。
私自身、公民科の主任をしていた年に学年を挙げてのディベート大会を実施したことがありました。
教科書の内容を確実に身につけさせた上で、グループ討議の作法、資料の検索と活用の方法、論理的な思考とディベートの方法などを学ばせるわけなので、年間を見通したプランが必須なのは言うまでもなく、単元の内容をどう扱い、そこでどのようなスキルを身につけさせるかという綿密な準備と教材・授業の作り込みが必要になります。
反転学習は言ってみれば、その苦労の半分を「授業のプランニングと動画教材の製作」にまわし、残りの半分を「生徒の自主学習」に押しつけるやり方です。
ある意味で、生徒の自主的学習を促し、自ら学ぶ力を引き出す、効果的な方法にも見えます。
このブログでさんざん書いてきた「サバイバル能力」という意味でもこれは大きな意味を持ってきそうです。
しかし、それは生徒の側に「自ら学ぶ力と意欲、そして環境」が十分に備わっていることが大前提です。
小学生であれば、他の習い事との時間の食い合いが気になります。
上に紹介した武雄市の資料を見ると、単純に比較して、自宅学習の負荷が倍以上に増えるイメージです。
(実際、生徒が学習をする負荷は、同じ量=範囲をこなすのであれば復習より予習の方が大きくなります。)
もちろん、単に「動画を視聴しましょう」であれば手間もかからず簡単です。
しかし「視聴する」ことと「学び、知識を吸収する」こととの間には、大きなギャップが存在します。動画を止めたり巻き戻したりできるというメリットがあったとしても、「ちゃんと分かりながら学習する」ということ自体が、子どもによっては難しいかも知れません。
自主的な学習の姿勢や方法をどのように身につけさせるのかという、大前提の教育方法を確立しないことには、この反転学習が活きてこない可能性があります。
これは大学生であっても同じこと。
日本最高峰の学力を誇る東京大学でうまくいったことを、それ以外の大学で同じようにやれる保証はまったくありません。
教師が、身につけさせたい力から逆算して、授業と予習教材を設計して、「知識が身につく自主学習」、「思考力が身につく対面授業(グループ討議など)」を実現しようとすると、先生達の負担もさらに大きくなってしまいそうです。
反転学習の意図を汲んで、親・教育者は何を考えるべきか?
反転学習の目的は非常に単純です。
- 受け身の学習姿勢を抜けだし、積極的、主体的な学習姿勢を身につけさせる。
- 授業を受けて満足せず、過程での主体的学習によって学習を完結させる態度を身につけさせる。
- 教科書レベルの知識・理解で終わらせず、それを活用して思考し、議論する力を身につけさせる。
という3点にまとめることができるでしょう。
そこから逆算して考えれば、親・教育者のやるべきことは自ずと見えてきます。
- 自宅で集中して勉強する習慣を身につけさせる。
- 塾に通わせるにせよ、教材を使って自宅学習させるにせよ、能動的に学び、「分かった!」にたどり着く喜びを得られるよう支援する。
- 読書や学習について、団らんの時間などに話題に上げて、学んだこと、考えたことを出力する機会を作る。
- 親子の会話やテストの結果から、「よく分かっていないこと」、「分かったつもりで、できなかったこと」に自ら気づけるよう支援する。
こういう姿勢、能力を小学校時代から育んでおくことが、反転学習の目指す、思考力など、より高次の能力を手に入れる鍵になります。
それが可能になれば、「反転学習は学力向上の切り札」になり得ると言っていいでしょう。
反転学習の小学校への導入に関しては、「業者・政治家・官僚(学者)」の鉄の三角形にも似た利権構造のにおいしかせず、賛成しかねます。小学校段階で、上述したような学習のベース(レディネスおよび家庭環境)ができているとは思えませんからね。
ですが、それはそれとして、「親として」「教育者として」その目指す方向をくみ取って先取りすることには大いに価値があるかと思います!
追伸:家庭で手軽に反転学習をさせようと思ったら…
今、無料の学習動画がネット上にあふれています。
YouTube上でも検索すると、山のように各学年の教材が出てきますし、大学受験に特化したManaveeは科目別・単元別に簡単に講義動画を見つけることが可能です。
そのほか、リクルートの勉強サプリや受験サプリも格安で豊富な動画から選んで視聴可能です。
ソフトバンク&ベネッセの連合チームによるClassiも今後の発展に期待大です。
これらの無料動画を上手に使うことで、わざわざ学習塾に通わせなくても、ベネッセやZ会の通信教材を活用することで、いくらでも効果的な学習が可能です。
そして「わざわざ学習塾に通わせなくても」どころか、反転学習的な発想で「より主体的な学習姿勢」を育むことが可能になりそうです!