
今回は、漢字検定勉強にせよ英単語学習にせよ定期テストにせよ、学校教育で、あるいは子どもたちの実感として「効果がありそう」な勉強は大抵の場合、効果が薄く、「気楽に何度も思い出す」のが一番ですよ、というお話です。
6つの学術論文も紹介していますので、興味がある指導者の方はぜひ参照してください!
子どもたちもそうなのですが、子どもたちに勉強を指導する先生たちも、「自分がやってきた勉強法で、効果を感じたことをしたがる(させたがる)」ものです。
ことのばで指導する「書かない漢字学習」なんてのは、この真逆の位置するため、最初、拒否されたり驚かれたりしますし、効果を実感した子どもたちですら、気がついたらノートに必死で書くようになっている(元に戻っている)こともあります。
しかし、現実には「書いて憶える」「ノートに整理する」「何度もテキストを読む」といった学習(これを精緻化学習と呼びます)は「勉強している実感、がんばっている実感、身についている実感」があるものの、学習効果は「ただ思い出すだけ」のリトリーバルと比較して効果が薄いことが分かっているんです。
つまり「効果の実感」と「本当の効果」は、まったく異なっていて、「勉強になった」という方法は得てして「気のせい」なのですよ…
ここが何とも難しいところです…。
漢字が苦手で嫌い!と拒否していた小学校6年生の話
2024年度の1年間だけ週に2回、60分ずつ勉強しにきていた小学校6年生の男子がいました。
その子はとにかく家で勉強しない、というより本当に勉強が嫌いで、漢字は小学校5年生の内容もかなり怪しい状態でした。
そこで、10月くらいから漢字検定の学習をさせることにしました。2月のテストまで4ヶ月で「まずは5年生の漢字をしっかり学ぼう」ということにしてスタート。
勉強法はとてもシンプルです。
- テキストは2冊用意。基本的な練習用とテスト対策用。
- まず練習用テキストを「眺める」。「この漢字は書けそうにないな」「読めそうにないな」と思ったら印を入れるだけ。これで1冊終える。
- 次に漢字のリストを見ずに、問題に挑戦。ただし書かない。部首問題、書き順問題だけは答えを書く(書かないと自分の理解が正しいか確認できない)。書き問題では「これは書けそうにない」と思った漢字だけチェックを入れて付箋を貼る。読み問題も同じ。
- 3周目に突入。付箋を貼ってある問題だけ解き直す。ここでは書いていく。
【答え合わせ】正解できれば付箋をはがす。できなければ答えを確認して次に進む。その日の勉強を終える段階で間違えた問題に再挑戦。(正解しても付箋ははがさない) - 次の日に学習する時、最初に前の日に間違えた問題(付箋が貼ってある問題)に再挑戦して正解したら付箋をはがす。
- すべての付箋がはずせるまで反復する。
- 付箋がなくなったらテスト対策問題集に挑む。これもやり方は基本的に同じ。
- 2冊目が終わったら過去問、模擬試験問題に挑む。これはすべて書く。ここでできなかった問題は付箋を貼って、3日後を目処にやり直す。(正解するまで3日ごとにやり直す。)
そしてポイントは
- 書かないこと。書かないことでストレスをなくし、反復回数(思い出す回数)を多くする。
⇒思い出す作業を「リトリーバル・プラクティス」と呼びます。記憶は思い出した回数に比例して強くなるものなのです! - 丁寧にしつこくやるより、「ま、大丈夫だろ」でどんどん学習を進め、間を置いて(テキスト一周ごとの反復になる)繰り返す。
⇒時間を空けて反復することで学習効果が上がることを「スペーシング効果」と呼びます。
この2つだけ。
このやり方を「サクセシブ・リラーニング (Successive relearning)」と呼びます(単純に、想起練習 (Retrieval practice)とスペーシング効果 (Spacing effect)を組み合わせた学習法です)。
上に書いたとおり、「何度もテキストを読む」とか「何度も紙に書く」といった、いかにも効果が上がりそうな学習法は思いの外効果的ではなく、このパターンが最強と考えられています。
ちなみに小6の子は、このやり方でやったら、小5の過去問と予想問題があっさり合格点を超えてしまったので、12月に入って急きょ受験する級を小6の級(5級)に変更して申し込みました。
2ヶ月しかなかった上に年末年始をはさみ、しかも所属するスポーツのチームの大会が続いたので大変でしたが、結果は190点を超える高得点で合格。お見事でした!
その子も最初「え?書かなくていいんですか?」と驚いた様子でしたし、書かないことに不安がある様子でした。
しかし、実際、過去問に挑んでみると思った以上に憶えていて、本人も「こりゃいける」と思ったようで、級アップになったわけです。
答え合わせはRキューブ戦略で!
ちなみに、「書けそうにない」「分からなかった」「間違った」という問題のやり直しに、とても重要なパターンがあります。それは「絶対に正解を見ながら(あるいは見た直後に)答えを書き直さない」ことです。
答え合わせの時は正解を確認するだけ。
その後にその日の学習が一通り終わったところで、答えを思い出しながらやり直します。これをリハーサル(rehearsal)といいます。そして、また時間を空けて解き直し(リトリーバル)、その後に復習する(リラーニング)。
このリハーサル・リトリーバル・リラーニングの3つでRキューブというわけです。
この答え合わせのR3戦略は、あらゆる教科に役に立ちますので、ぜひパターンとして憶えておきましょう!
学術論文から学んでみよう!
さて、今回は以下の6つの学術論文をミックスした形で音声を作って見ました。作ったというか、AIが勝手に対談音声を作ってくれましたので、興味があれば聞いてみてください!

参考文献
1.Retrieval Practice Produces More Learning than Elaborative Studying with Concept Mapping
2.Retrieval practice opportunities in middle school mathematics teachers’ oral questions
3.Retrieval Practice & Bloom’s Taxonomy: Do Students Need Fact Knowledge Before Higher Order Learning?
4.The Power of Successive Relearning: Improving Performance on Course Exams and Long-Term Retention
5.The science of effective learning with spacing and retrieval practice
6.Two case studies of very long-term retention
6つの論文のまとめ
これらの論文では、いくつかの主要なテーマが明らかになります。
これらは、効果的な学習における想起練習 (Retrieval practice)とスペーシング効果 (Spacing effect)の重要性、これらの戦略を組み合わせたサクセッシブ・リラーニング (Successive relearning)の効能、様々な種類の知識(事実知識と高次レベルの思考)の学習における想起練習の役割、教室環境における想起練習の応用、そして学習戦略の有効性に影響を与えるメタ認知 (Metacognition)の役割です。
重要なアイデアと事実
1. 想起練習の有効性:
単に資料を再学習するよりも、記憶から情報を積極的に引き出す想起練習が学習と記憶の定着に非常に効果的であることを強調しています。
“Science of Spacing & Retrieval” は、想起練習は学習活動であり、単なる復習とは異なると述べています。様々な教育コンテキスト、学術レベル、科目で一貫した利点が報告されています。
“Classroom studies at the middle school and high school levels (students aged 11–16 years and older) show consistent benefits of quizzes…over restudying for biology and history materials.” (Science of Spacing & Retrieval)
“RP vs Studying” の抜粋では、学生が科学の文章についてコンセプトマップを作成した場合と、別の文章について想起練習を行った場合を比較した実験について言及しています。結果の表は、最終的なSA (Short Answer) テストにおいて、想起練習がマッピングよりも優れていると予測した学生は12人、等しいと予測した学生は14人、下回ると予測した学生は34人であったことを示しており、メタ認知予測は必ずしも正確ではないことが示唆されています。

人の実感って、本当にあてにならないってことなんです。
学者でも自分の思い込みで結論をねじ曲げてしまう人もいますからね…
2. スペーシング効果の有効性:
スペーシング効果とは、学習機会を時間的にまとめて行う(詰め込み学習)よりも、分散して行う方が後のテストでより良い成績が得られる現象です。”The science of effective learning with spacing and retrieval practice” は、スペーシング効果を「学習機会を時間的に近く配置(詰め込み学習)するよりも、離して配置(分散学習)する方が、後のテストでより良い成績が得られるという現象」と定義しています。
スペーシング効果は、様々な学習材料とスキルに適用可能であり、知識の保持と転移の両方に利益をもたらします。”Spacing benefits both memory retention and transfer.” (Science of Spacing & Retrieval)
“Science of Spacing & Retrieval” は、中学校の数学の授業で行われた研究を引用しており、練習問題をスペースを空けて行ったグループは、同じ練習問題をまとめて行ったグループよりも、4週間後のテストで有意に高い成績を収めたことを報告しています。
“In one study, spacing signifi cantly boosted mathematics knowledge in middle school students (11–12 years old)16…the spaced group significantly outperformed the massed group, scoring about twice as high (effect size of Cohen’s d = 0.61).”
スペーシング効果は、学部生レベルの物理学や大学院生レベルの栄養学、外科手術など、大学レベルでも学習に利益をもたらすことが示されています。
3. サクセッシブ・リラーニング:スペーシングと想起練習の組み合わせ:
サクセッシブ・リラーニングを効果的な学習戦略として挙げています。これは、想起練習とスペーシング効果を組み合わせたものです。
“Learning Strategy Guide” の主要用語集では、サクセッシブ・リラーニングは「初期学習セッションで、各項目が所定の基準(例えば、100%正解)で正しく想起されるまで想起練習と再学習の機会を繰り返し行う方法。その後、各項目が再び正しく想起されるまで、1回以上の追跡セッションで追加的な想起練習と再学習を行います。」と定義されています。

この「最初に完璧に学習をしておく(完全に思い出せる状態を作る)」という条件を見落とす指導者が多いのですが、これってすごく重要な条件なんです!
“Successive Relearning Power” は、サクセッシブ・リラーニングがコース試験の成績と長期的な定着を有意に向上させることを実証した2つの実験について報告しています。「Successive relearning improved performance by more than a letter grade based on the grading metric used by the instructor (84 % versus 78 %)」と述べられています。これは、この方法が「有意義な向上」をもたらすことを示しています。
“Science of Spacing & Retrieval” は、サクセッシブ・リラーニングの効果は、最初のセッションで追加的な想起練習(例えば、各項目を1回ではなく3回正しく想起する)を行うことによって高められる可能性があることを示唆しています。これにより、その後のセッションでの想起が容易になり、最初の試みでの正確性が向上しました。
4. 想起練習と知識の種類:
“RP & Bloom’s Taxonomy” は、事実知識と高次レベルの思考における想起練習の役割を検討しています。
遅延テストの成績に関する分析では、事実クイズ(2回)を行ったグループは、単に学習しただけのグループ(スタディ・ワンス、スタディ・トゥワイス)と比較して、最終的な事実テストの成績が有意に高かった(78% 対 54%)ことが報告されています。
しかし、高次レベルの質問による想起練習(高次クイズ)は、最終的な事実テストの成績を単に学習しただけのグループと比較して有意に向上させませんでした(53% 対 54%)。これは、事実クイズが高次クイズよりも事実テストの成績に効果があったことを示しています。
このことは、特定の種類の知識(事実知識)の定着には、その知識を直接想起する練習が最も効果的である可能性を示唆しています。

英語の学習でよく語られる都市伝説「英単語は文の中で憶えろ」というのは、実は間違いで、本当は単語帳&単語テスト(リトリーバル活用)で憶えるのが一番効果が高いんです。これは英語学習研究者の間では定説になっているんですよ。
5. 教室環境における想起練習の応用と課題:
“Retrieval Practice Opportunities” は、中学校の数学教室における教師の口頭での質問に焦点を当てており、質問が「Retrieval Opportunities Coding Scheme」に含まれるのは、「想起を求め、理論を求めない(require retrieval and do not require reasoning)」場合、すなわち「生徒らに特定の事実やアイデアを思い出させること(students to retrieve a specific fact or idea)」を求める質問のみが含まれると述べています。
数学授業における口頭での質問は、セマンティック(事実と定義の想起)、算術的(簡単な算術的事実の想起)、手続き的(問題解決の手順の想起)、エピソード的(以前の経験の想起)の4つのカテゴリに分類されています。
“Retrieval Practice Opportunities” の分析では、数学の授業における想起機会の頻度と種類にばらつきがあることが示されていますが、低成長教室と高成長教室の間で想起機会の頻度や種類に統計的に有意な差は見られませんでした。これは、教室での自然な会話における想起練習の応用が、必ずしも直接的な学業成績の向上と相関しない可能性を示唆しています。実際、一部の分析では、高成長教師の方が低成長教師よりも言語指導における想起機会を提供する可能性が低いという傾向が見られました。

授業の発話の中でリトリーバルをおこなうのは難しいので、割り切って小テストを勉強の一環として組み込んだ方がいいってことですね!
6. メタ認知の役割:
“Science of Spacing & Retrieval” は、学習戦略の効果的な使用が、学習者のメタ認知(自分の思考について考え、それに応じて意思決定を規制する能力)にかかっていることを強調しています。
メタ認知には、学習の計画、監視、評価が含まれます。学習者は学習の進捗状況を監視し、過去、現在、未来の学習の状態についてメタ認知判断を下す必要があります。これらの判断は、異なる学習戦略への転換、特定の資料への学習時間の割り当て、学習の終了などの決定に直接影響します。不正確なメタ認知判断は、学習の成果にコストをもたらす可能性があります。

結局、学習のゴールと時間、自分の現状などから「戦略的に学習する」という発想がないと勉強はうまくいかないよねって話。
実際、子どもたちって「どういう場面で、どういうテクニックを使えば良いか」ってことをメタ認知的に判断できないことが多いので、システマティックに勉強手順を追わせた方がいいと私は考えています。
7. 超長期記憶:
“Very Long-Term Retention” は、超長期記憶(数十年にわたる記憶の定着)に関するケーススタディに焦点を当てています。このソース資料は、特定の種類の学習(例えば、探索プロセス)が非常に長い期間保持される可能性を示唆しています。これは、効果的な学習戦略(想起練習やスペーシングなど)が、一時的な知識だけでなく、耐久性のある知識を構築するのに寄与することを示唆しています。
結論:
以上、6つの論文は効果的な学習戦略として想起練習とスペーシング効果の強力な証拠を提供しています。
これらの戦略を組み合わせたサクセッシブ・リラーニングは、知識の定着、特に事実知識の長期的な保持に特に有効であることが示されています。
しかし、教室環境でのこれらの戦略の応用は複雑であり、質問の種類や学習者のメタ認知能力によってその効果は異なります。事実知識の獲得には直接的な想起練習が重要である一方で、高次レベルの思考を促進するためには、より複雑な認知プロセスを伴う質問や、他の学習戦略との組み合わせが必要となる可能性があります。
最終的に、学習者は自身の学習プロセスを理解し、効果的な戦略を適切に選択・調整するメタ認知能力を養うことが重要です。