感覚的な世界を、的確に言葉で伝えるにはどうしたらいい?

テレビでもおなじみ、ソムリエの田崎氏。
 
感覚、感性の世界を的確な言葉、様々な比喩表現でもって、視聴者に分かりやすく伝えてくれる名手でもあります。(最近はテレビで見なくなりましたが…)
 
その田崎氏による「伝わる言葉のはぐくみ方と磨き方」の指南書があります。
 
『言葉にして伝える技術』

 
独り善がりの表現が、いかにコミュニケーションを台無しにしているか、鋭く指摘してくれます。
同時に、それをどう乗り越え、伝わる表現に変換していけばいいか、その解決法も教えてくれる「表現の教科書」ともいうべき本。
 
前に紹介したことのある村井流の図解思考は「論点を整理する」ことで、伝わるコミュニケーションにしようというもの。言ってみれば「What to express(何を伝えるか)」に重点を置いた教科書。

対する本書は「How to express(どう伝えるか)」に重点を置いた教科書といえるでしょう。

「おいしい!」としか表現できない残念なグルメレポーターが反面教師

ソムリエとして活躍し、コーヒー、日本酒、各種料理の味わいをどう表現するか挑戦し、著作として多数発表してきた田崎氏。言ってみれば「感覚、感性を言語化するプロフェッショナル」。
 
そんな彼から見ると、昨今のグルメレポーターは「おいしさ」を何も伝えられていないと見えている様子。
 
たとえば、やり玉として挙がっているのがこんな例。確かによく耳にするフレーズばかり…。

「こんがりきつね色に揚がったコロッケ」
「肉汁がじゅわっとひろがる」(ハンバーグ)
「厳選した素材を使っている」
「こしあんの原料の小豆は、北海道・十勝産の大納言小豆を使っています」
「意外にクセがなくて」

田崎氏は、これらを思い込みによる独りよがりの表現になっていて、まったく「おいしさ」を伝え切れていないとばっさり切り捨てます。
 
簡単に言ってしまうなら、おいしさを表現しなければならないのに、切り取ってくる視点がズレていたり、ステレオタイプの表現に陥ってしまったり、という話。
 
確かに「おいしい」という主張を相手に納得してもらうためには「なぜおいしいのか」、「どうおいしいのか」を言葉で説明しないと、腑に落ちて伝わりません。そして、上記のような表現にはそれがない、と。

伝わる表現とは、具体的にどんな表現なのか?

田崎氏が語っているわけではありませんが、テレビのレポーターは、画面の「画(え)」と声のトーン、表情、店の賑わいなど、トータルの情報に頼りすぎて、自分の言葉を磨く意識が希薄なんでしょうか。
 
かつて彦麻呂氏のような奇抜な表現がもてはやされたように、「端的に、インパクトを」というテレビ的な発想に支配されています。
 
そういう「テレビだからゆるされる言葉」を戒めの材料として、私たちは自分の言葉──たいていは五感に訴える武器、援護射撃のない存在──のあり方を考えなければなりません。
 
例えば、田崎氏は「こくがあるのに、さっぱりしている」という残念な表現の修正案として、こんな表現を提案しています。

「一口目は、トンコツからの印象でふくよかな味わいを感じますが、後味には、海産物系の風味によって、さわやかな印象が余韻まで残ります」(同書 180p)

なるほど。「どう(how)」を具体的に描写することこそが、その答えなんですね。

具体的描写の表現をどう磨いたらいいんだろう?

田崎氏は、最終章で50ページにわたって、その言葉による表現力の磨き方を紹介しています。
この本の目玉は、まさにここ。
 
普段、なんとなく流してしまっている情報(味、香り、色、手触りなど)をどうしたらリアルに受け止めることができるのか?(五感トレーニング)
 
その情報を、どうしたら言語に落とし込み、リアルに伝わる表現に置き換えることができるのか?(表現するための語彙のデータベース化)
 
この2点について、NHKの「課外授業-ようこそ先輩」での授業や、ご自身がコーヒーの香りを研究した経験などを例に、非常に具体的に解説しています。
 
ソムリエという職業柄、「嗅覚」に重きを置いた内容にはなっていますが、非常に示唆に富み、しかも具体的な教科書になりうる解説です。
 
ちなみに、私の知る限り、すぐれたコピーライターはまさに田崎氏が語るトレーニングを、自分のフィールドで実践しています。

本書の中心テーマからはずれてしまいますが、逆に、ごく偏った側面を切り取ることでライバルとの差や、優位性を象徴的に表現することや、人々の共通認識を利用して上手にイメージを作り上げる方法を学べるという意味でも、この本は「表現の教科書」と言っていいでしょう。
表現者としてはリアルな言葉も、象徴的なフレーズも両方使いこなす技術を、受信者としては省略された言葉を勝手に補わず、クールに受け止める技術を学べます。

本書を教科書にして、伝わる表現のトレーニングに取り組んでみよう!

response
SNSやブログで何かを伝えようとしている時、少しだけ熟成の時間をとって言葉を見つめ直したいところです。

  • 「おいしい」「すごい」などの単純で広がりのある形容詞でごまかしていないだろうか?
  • 形容詞を使わずに表現したらどうなるだろうか?
  • その表現は「思い込み」や「特定の人達だけの共有体験」の上にないだろうか?

私もまだまだ修行中の身。これらのことを意識して、伝わる表現者を目指したいと思います!

『言葉にして伝える技術』

お薦めしたい表現の教科書

平松洋子著『焼き餃子と名画座 わたしの東京 味歩き』…「場面」を描写する教科書に♪

「ハリッツ」のドーナッツはふわっとしているのに、もちもち。くいっと歯ごたえのある生地に特徴がある。一度食べると舌がたちまち覚えてしまい、たびたび「食べたいよう」とせがんでくる。そのうえ珈琲のおいしいこと。なるほどドーナッツに合う飲み物はコーヒーだと納得させられる香り高さなのだ。
(中略)
こどものころ、台所で母が揚げてくれた熱々のドーナッツを待ちかねて頬張ったときのよろこびは、いまも忘れられない。鍋になみなみ、おろしたての油。そこへ生地を搾り出した輪っかを静かに滑り込ませると、じゅわーっ。いっせいに細かい泡が輪のかたちに浮かび、にぎやかな音を立てる。
(中略)
晴れた土曜日、引きも切らず「ハリッツ」にドーナッツを買いにやってくるお客さんたちは、だから、しあわせを分けてもらいに訪れるひとたちなのだ。

── 同書 「土曜日、ドーナッツを食べにゆく」 P16-17

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