高校教育がどうやらヤバいことになっているらしい件

四方山話・コラム

今朝(2015.12.22)の日経新聞、教育欄に早稲田大学教授菊池栄治氏の寄稿が掲載されています。
 
「高校で教員が求める力」と題し、全国の高校の学校長と教員に対するアンケート調査の結果が紹介されています。
 
それを読むと、やっと「脱ゆとり」が平常運転になってきたものの、日本社会の未来は意外と昏(くら)いのかなと、暗たんたる気持ちになってしまいます。
 
その調査内容をポイントだけかいつまんで紹介しますと…

04年の調査と15年の調査を比較すると、「ほとんどの生徒が授業を理解している」と答えた教員の割合は44.0%から51.8%に増えたのに対して、「高校生の基礎学力は大幅に低下している」と答えた割合は86.7%から73.4%へ減少した。

これはいい傾向であるかに見えます。
問題はここから。

「高校で身につけるべき学力等」についてたずねたところ、04年度調査とは大きな違いが見られた。

  • 他者とコミュニケーションするスキル 62% ⇒ 76%
  • 受験に合格する力 16% ⇒ 22%
  • 他者とともによりよい社会を創っていく力 63% ⇒ 51%

※記事では棒グラフで表示

さらに…

03年度に創設された「総合的な学習の時間」のテーマを見ても、「進路」「生き方」「自分探し」などの私事に偏る傾向が強まった(3.9〜13.3ポイント増、複数回答)。その一方で「地域」「環境」「福祉」「国際理解」など具体的で切実な社会的課題は避けられる傾向にある(4.0〜11.0ポイント減、同)。

とのこと。
 
高校の先生の発想や学校のカリキュラムが「自分事」に向かうような状態。 
もし「将来、社会で活躍する人材」「世の中の重大事を真剣に考える姿勢を持つ人材」を育てるという意識が、高校の先生に欠けているとしたら、ちょっと空恐ろしいことです。
 
学校が「共同」とか「社会貢献」といった公共心、公徳心を教えなくなったら、どこでそれを学ばせたらいいんでしょう。
受験勉強だけなら予備校でもできます。
生き方の検討は親子でもできます。
でも、「他者との結びつき、協働」については学校くらいの、ある程度大きな共同体でしか学べませんからね。
 
高校の指導要領だって、社会の中で生きる個人としての「在り方生き方」を学ぶことを軸にしているんです。「人としての在り方」と「個人としての生き方」を不可分のものとして考えようって。
 
「在り方」を取り去って「生き方」だけ、しかも「受験の突破方法」を主眼にした教育で育った若者達がどういう社会を創っていくのか、かなり心配です。
 
いよいよ来年の夏から、18歳以上の若者に選挙権が与えられますしね。
 
「高校教育、本当にヤバい」は日本社会の未来にとっても大問題です。決して他人事じゃない。
 
今の日本社会は、20世紀までのような経済的安定が保証される社会でも、日本国内だけ見ていればいいという社会でも、まったくなくなっています。
 
貧困、格差、移民、環境・・・今どきの社会的キーワードのどれをとって見ても、今まで以上に、想像力を十分に働かせて、異なる文化、異なる境遇の人たちに対して効果的なアクションが取れることが求められています。
 
「脱ゆとり」が、単なる「目指せ受験力アップ」にしかなっていないとしたら、それは学校教育の方向性として歪んでいます。
 
日本社会、かなりヤバい!
真剣に教育のこと、考えねば!

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