センター試験廃止は教育改革につながるのか?

2020年、大学入試センター試験廃止!⇒その真の意図とは?

2020年度を目標として、大学入試センター試験が廃止されて、あらたな制度が採用されることが決まりました。
 
「高等学校基礎学力テスト(仮称)」、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」という2種類の試験、しかも一発!の力試しではない試験が導入される方向で進められています。

「センター試験のような一発勝負ではなく、高校在学中に複数回受験し、その結果を大学入試の学力判定に利用できる仕組みです。知識偏重の一点刻みの選抜とならないよう、試験結果はレベルごとの段階表示となります。この学力判定に加え、面接や論文、奉仕活動や課外活動などの実績評価も加わり、多面的に合否を判定することが、新たな入試制度の特徴です。」

実は、この改革、「入試改革」というより、高校・大学教育、さらには小中学校まで巻き込んだ「教育改革」として位置づけているようです。
 
いわく知識偏重を脱し、社会・時代の変化に適応できる能力を育みたいのだ、と。
 
現文科相、下村大臣は日経新聞への寄稿で、大学入学者選抜で問わないから、学ぶ力とか創造的な能力といった知識・理解でない力が身につかないのだと語っています。
 
── なんといいます、元教師としましてはデジャヴ感たっぷりの話ですが、もちろん大臣の語っていることが間違っているとは思いません。
 
なにしろ、今の高校はほぼ大学入試予備校ですから。
偏差値の高い大学(とりわけ国公立大)に合格させることが至上命題。
 
「入試が変わらなければ現場は変われない。」
── そんな言い訳じみたセリフは、教師時代にうんざりするほど聞かされました。

入試が変わったら、現場が変わるのか?⇒いつか来た道、だよね?

ただ、本当に入試が変わったら、学校現場が変わるのかというと甚だ疑問です。
 
私が教師として採用された時代(平成7年頃)にも、似たような議論が交わされ、入試改革がおこなわれ(世界史Aなどの新規採用)、教科書が変わり、総合的学習の時間が採用されました。
 
「もう、これで教育が変わるよ!」
「明治維新後の教育勅語、戦後の教育基本法、そして平成の指導要領改訂だ!」

そんなかけ声がどれだけ飛び交っていたことか!(教師の研修施設限定で、ね。)
 
その結果どうなったか?
 
何も変わりませんでした。
いや、あなたもご存知の通り、むしろ悪くなりました。
 
教科書の必須指導項目が少なくなった分、授業が薄くなりました。
体験が大切!という大義名分で、子どもを自由に遊ばせました。
多くの先生達は授業の工夫もしないし、総合的学習の時間は暇つぶしレベル。
 
「考える力を高める」とか「資料を収集、整理する力を身につけさせる」とか、そんな授業の工夫をした先生を、残念ながらまったく見かけたことがありません。
 
大きな研修会の講師に招かれる先生が唯一の例外です。

授業を変えることの難しさ(寺田の実体験)

私は、そもそも既存の授業に否定的でしたので、「本を読む力を身につける」、「考えを深める」、「資料を差がしてまとめる」など、知識や理解で終わらないスタイルの授業を模索し、実践していました。
 
それに対する周囲の反応はというと…
 

case 1》考え、発表する力をつける授業として、生徒との「問いと答え」だけで展開する授業

 
いわゆるオープンエンドスタイルの授業です。
「生徒は答えを知りたがっている。知識を学びたがっているのではありませんか?」という筋違いな指摘。
教科書は読めばよろしい。それに、そういう配慮くらいしています。
 

case 2》高校3年生で、3ヶ月にわたりテーマ学習、ディベート大会、プレゼンテーションコンテストを実施

 
テーマ学習については1998年の朝日新聞(全国版)元旦一面に採り上げられました。
「あんた、変わった授業をしてるんだねぇ!」と、絶賛というか「驚き」の反応。(笑)
 
でも、3ヶ月にわたる調べ学習と論理的思考、発信を学ばせる授業(その後のディベート大会、プレゼンテーションコンテスト)をしていたら、「寺田さん、生徒を楽しませるのもいいけど、それで入試で点数を取らせられるのか?」という嫌味が。
 

case 3》ディベート準備のために自分のパソコンに自分のPHSを接続してネットで情報収集させる授業

1997年ですからね。やっとADSLの時代。学校にはネット環境がなかったので自腹でネット接続。
授業のたびに数千円の通信費が飛びました。(笑)
そしたら・・・「寺田先生は、生徒をパソコンで遊ばせている」という陰口。

case 4》論理的な文章力を付けさせるために、定期考査の半分(50点分)は論文試験を採用

私が公民科の主任でしたので、独断でやりました。
もちろん、授業の中では論理的文章の作法、書き方をちゃんと指導した上で。
 
まぁ、予想されたことですが、「採点がめんどう!」という他の先生方からのクレーム…。
 
 
実際のところ、教科書と資料集の説明をして、黒板に重要(何が?)事項を整理して書いて、生徒にそれを写させる…そんな授業をしている先生には、遊んでいるようにしか見えなかったのだろうと思います。

確信犯としての「40年来、変わらない授業スタイル」

先生達は、「試験ででるポイントを解説する授業」をしないと、生徒が偏差値の高い大学に行けないと思い込んでいます。
 
大胆な授業の工夫なんてしないし、「情報の入出力」以外の授業ができるとも思っていないようです。
 
生徒に学ぶ楽しさも伝えず、考える力もつけさせず、それで自分は教育者だと思い込んでいる(らしい)。
 
教師の多くは、自分が学生だった頃に受けた授業をそのままのスタイルで再生産することが正義だと思い込んでいる節すらありますからね!
まさにさおだけ屋の宣伝文句さながらに「40年前と変わらない授業をおこなっております♪」と。
 
 
確かに、教育の現場は、ある種、社会の中で一番「古めかしさ」を残す場所かも知れません。
それは「不易なるもの」を伝え、社会の伝統的価値観を伝える場所であるという特性ゆえに。
 
ですが、それは授業を工夫しようとしないことの理由にはなりません。
思考力や発想力、論理力といった、社会で必要な力を身につけさせないで卒業させることの罪が赦される理由にもなりません。
 
ずばり公務員マインドとか、井の中の蛙マインドとか、そこにこそ「教育が変わらない」大きな原因があると私は考えています。
 
「工夫して変化を生む」ことより「失敗して責任を問われる」ことを避ける姿勢とか。
 
学習法、教授法を更新・工夫しなくても文句を言われない環境とか。
 
学校の外の世界をまったく知らず、世の中で何が求められているか、肌で知らないこととか。
 
競争も、時代や社会への対応も存在しない世界。
目の前の授業と諸雑務だけをこなしていればいい世界。
何も工夫しなくても、社会に求められる成果を上げなくてもクビにならない世界。
 
そりゃ、変わりませんよね。

どうしたら教育は、教師は変わるのか?

下村大臣の寄稿(日経新聞)にこんな一節がありました。

「米国の学者によれば、「11年に米国の小学校に入学した子供たちの65%は、大学卒業後、今は存在していない職業に就く」という。それだけ変化の激しい時代に教育はどうあるべきなのか。」

果たして、教師の何割の人に、その問題意識が共有されているでしょうか。
 
世の中を支える技術がどれだけ発達していて、それが社会構造をどう変えようとしているか、コミュニケーションのあり方、仕事のあり方、そこでの働き方、関わり方が見えているでしょうか。
 
新しい制度として提示されている大学入学希望者学力評価テスト、基礎学力テストといったものは、機会の平等化や、生徒たちの学習への態度を変えるシステムとしていい方向に作用するのではないかと、元教師としては期待するところです。
 
でも、それが教育を健全な方向に変えるとは思えません。
 
もっと根本のところで、教師の「あり方」が変わらなければ。
 
自らが社会の変化、時代の変化を体験したり。
主体的に問題を発見し解決することに価値を見出したり。
毎年々々同じ授業をし続けることが実は恥ずかしいことだと思ったり。
 
そういう、一般企業なら当然の思われる文化を身につけなければ、彼らは10年経ってもなお、「40年前と同じ」授業を再生産し続けることでしょう。
 
そこに多少のIT技術が加わったとしても、それは教材が変わるに過ぎません。
(そういえば最近、授業でパワポ、液晶プロジェクターを採り入れる先生も増えていますよね。生徒の注意を惹きつける多少の足しにはなっているようです。)
 
もっと教師を育てるシステムが必要ですし、教師が変わらざるを得ない制度を用意する必要がありますよね。
簡単に言うと「淘汰」の仕組みです。

“It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent,
but the most responsive to change.”
最も強いものでも、最も賢いものでもない。最も変化に適応できたものこそが生き残るのだ。

── 一般にダーウィンが信じられている出所不明の名言

教師を淘汰する仕組みができなければ、やがて日本社会が国際社会で淘汰されることになりかねません。
 
その答えが人事のシステムにあるのか、教員育成のシステムにあるのか、そしてそこに入試のシステムがどう絡むのか? そう簡単に答えが出せるものではありません。
 
ただ、1つ確かなこととして言えるのは、入試のシステムだけを変えても何も変わらないだろうということ。
人事制度、教員養成システム、学校独自の主体的工夫ができる制度、社会と交流する仕組みなど、幅の広い改革を一気に進めないといけないでしょう。
 
(その前に、古い事務処理業務を刷新と部活動の切り離しなどで、先生達の負担を軽くせねば!)
 
そして、実はそれらは心ある一部の教師が長年にわたって叫び続け、細々と実践し続けていることでもあります。
 
下村大臣が本気なら、そういう現場の問題や努力、声まですくいとって、上から下まで全部変えちゃって欲しいところです!

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